プロ忍者
いそべの館



 当コンテンツの企画主旨についてはガガンボン日記(2004年2月15日)を参照されたい。まぁ、近鉄応援団&放送作家の「いそべまさひろ」という男が、お客様の御要望で調査報告をするわけですね。調査費用は「2千円+必要経費」。いそべ忍者は自分が2千円分と思う範囲でレポートをまとめる。クライアントの皆さんは「金返せ」とか「もっと調べろ」は言いっこなし。ダメ忍者状態なら単にお客さんがつかなくなるだけ。調査の御依頼はメール でHP管理人まで。又、取捨選択は榎戸が担当します。調査のGOサインが出たら、必要経費&振込先をお知らせしますので、それに2千円をプラスして振り込んで下さい。入金の確認が済み次第、忍者が動き出します。(榎)





榎戸です。まだお客さんがつかないので第1回は僕が発注しよう。群馬にね、「ながめ余興場」っていう小屋があるみたいなのよ。昭和歌謡史、芸能史上、大変意味のある小屋だったみたいなんだけど、どうなの? どういう歴史があって、今、どんな状態か見て来て下さい。何かで使えないかなぁと思ってるんですよ。(忍者館・榎戸一文字)




プロ忍者参上!・・・もう一回言わせてください。
プロ忍者参上ぉっ!!(うん、いい)
プロ忍者いそべです。言い換えれば忍者のいそべプロともいうか・・・いや、自分で言うのはやめておきます。
さて最初の依頼。クライアント第1号はラルフですか。福岡ドーム第1号もラルフなんすけど、それはブライアントでしたね。
それはさておき調査対象はナガメヨキョウジョウ…な・が・め・余・興・場・・・んん、初めて聞きました。場所は群馬県の大間々町・・・。駅でいったらわたらせ渓谷鐵道の「大間々」ですか・・・はぁ〜、遠いいぃぃ。いや、まぁ、それもさておき、今回の必要経費について・・・違うルートで特急を使うともう少しかかりますが、経費があんまり膨らむのもアレなので、4900円にて調査いたします。経費の明細は以下の通り。

交通費:3900円
ながめ余興場見学料:300円
パン代(昼):320円
パン代(夜):380円
合 計 : 4900円

 
交通費の内訳は、都内K駅より久喜駅まで940円。
久喜―相老は東武線で780円。
相老―大間々はわたらせ渓谷鐵道で230円。 
したがって片道1950円。往復3900円。
 
じゃ、ラルフ、経費に2千円をプラスした額の入金待ってます。(いそべまさひろ)




「わたらせ渓谷鐵道」かぁ。いいなぁ。「わたらせ渓谷鐵道」に乗れて。いそべ君、人生というのは2通りだよ、「わたらせ渓谷鐵道」に乗る人生と乗らない人生。

 何かこう語感から言っても「渓谷」を「わたらせ」だよ。しかも「鐵道」で。何なの「わたらせ」って? その「せ」って「やらせ」とかの「せ」? 「わたらせる」わけ? ちがうわけ?

 僕の聞いてる「ながめ余興場」は「全盛期の春日八郎とかが出演した」一種のステータス・シンボルみたいな小屋なわけね。何でそんな小屋がそんな場所にあるのか、群馬史をさかのぼる旅になるだろうね。ちゃんと県史も勉強して欲しいね。本は図書館で借りてもらうから今後、資料費タダね。

 「ながめ」って語感がわからないね。『眺めのいい部屋』って映画があったけど関係あるわけ? それか「長め」? 「わたらせ」といい「ながめ」といい、何で前半がひらがな?

 あと「余興場」だね。「遊興」じゃなく「余興」。何が余ってんだろ。妙に制度的な響きがする言い方だね。あと忍者はパン食? (榎戸一文字)




入金確認しました。
最初の調査対象は群馬県山田郡大間々町にある「ながめ余興場」という芝居小屋。
交通費と所要時間のバランスを考えたルートを使い行ってきました。

めったにひかない風邪をこじらせ、予定していた時間から遅れつつも、いざ出発。
4度目の乗り換えとなる久喜駅からは東武伊勢崎線に乗車。今回一番長いこの乗車区間で、僕は2月15日のことを思い出していました。
突然のえのきどさんからの電話は「もう一度忍者にならないか?」というもの。
僕は「えのきどいちろう意気揚々」の「野球忍者参上」のコーナーで野球忍者に認定されているんですよ。
「野球に限らず、総合的なプロの忍者に」という話に、選択肢は「やる」か「喜んでやる」かの二つ。
心境はまさに「キャシャーンがやらねば・・・もとい、いそべがやらねば誰がやる」ってなものです。
(注・1973〜74年にかけて放映されたタツノコプロのアニメ「新造人間キャシャーン」のオープニングに流れるナレーション。今月から公開される実写版映画のCMでも使われていますね)

プロ忍者になることで俺は今回、群馬を目指す。ゆくぞフレンダー!・・・あ、忍者に相棒はいなかった。
(注・キャシャーンの相棒のロボット犬。キャシャーンを乗せて陸・海・空・地中を移動する際、それぞれフレンダーカー・マリン・ジェット・タンクに変形する)

車内では他に、4月末に北海道へ行くことから「そろそろ『やきそば弁当』をケースで買える所を調べておかないとなぁ〜」(注・北海道限定のカップ焼きそば。『焼きうどん弁当』もこの冬新登場)とか、開幕を連勝スタートした近鉄について「カラスコ、抑えは頼むぞ」とか、とにかくいろんなことを考えていたわけです。
つまり、それほど群馬は遠かったんですね。特急乗らなかったから。

また、朝の出遅れがここで大きく響き、電車は本来乗るはずだった太田行きではなく、館林行き。
ここであらためて太田行きの電車を30分待たねばならないハメに。
時間をつぶすため、いったん駅を出て付近を歩くと、目に付くのはうどん屋ですよ。
あぁ、うどん食べたい。
けど、そこまでの時間はなく、さらに歩くと「だんごや」という名の団子屋を発見。
あぁ、団子食べたい。
店には弁当もあり、ここでウッカリしてソースカツ弁当とだんご3種類を買っちゃいました。
いやぁ、しまったなぁ。「ソースカツ丼を食べろ」って指令があったような気がしたんだけど、勘違いでしたよ。
これはウッカリしていたので自腹でいいっす。

さぁ、あらためて太田行きに乗車。太田から大間々駅までは乗車時間だけなら30分。いよいよ近づいてきた。
6度目の乗り換えで相老行きに乗車。ここまで来ればあとは「わたらせ渓谷鐵道」に乗って2駅。
この時間帯は一時間に2本しか走っていない中、運良くすぐに次の電車が来る・・・
はずが、
信号故障により30分の遅れ・・・。
ここで調査の時間がわずかしかなくなることに真剣に焦り出す忍者一人・・・。
なぜなら「ながめ余興場」の見学時間は午後4時までなんですね。まいったなぁ。もうとっくに昼を過ぎてる。

ちなみに、わたらせ渓谷鐵道の前身は旧・国鉄の足尾線で、廃止が決まっていたものの存続運動により、平成元年に第3セクターとして生まれ変わったんだそうです。
1両・ワンマン運転で運行する「わてつ」、車両は気動車(ディーゼルカー)というもので、(一般的にはレールバスと呼ばれるとか)そういえば、運賃箱、整理券発行機、扉はバスのそれと同じものでした。
というか、運賃箱と整理券は使わないよね?? そんなことを聞いてまわる時間がなかったのが残念。
それから、ここのところはキッチリしておきたいんですが「鉄道」ではなく「鐵道」と表記するんです。
「わたらせ」はひらがななのにね。
あと、群馬の地理に詳しくない方は「大間々町」を「おおまままち」と読むか「おおままちょう」なのかわからないかもしれませんので言っておきます。「おおまままち」です。「相老」は「あいおい」。
ここのところもキッチリさせてください。

さて、ようやく大間々駅に着いてみたら、念のために、というか記念に遅延証明書をもらってみたいじゃないですか。
そんなものはめったに使わないようで、かなぁり古くボロボロになった封筒の中にしまってあるんですね。
あれは頻繁に使うからボロボロになったんじゃないですよ。一時間に1〜2本しかない走っていない中で、
利用者は遅延を証明する必要がないのか、電車が遅れることはめったにないのか、どっちなんだろうなぁ。両方なのかなぁ。


本題に入りましょう。
大間々駅を出ると目の前の横切る道路があり、右へ行ったら最初の信号を右に。
歩いて3〜4分ほどで「ながめ公園」入り口。そこから「ながめトンネル」をくぐると今回の目的地「ながめ余興場」の横に出ます。駅から左へ行っても、案内にそって左に回りこめば「ながめ余興場」正面に。
どちらから行っても5分ほどの距離ですね。
見学料は300円。ガイド役には50代くらいの男性がついてくれました。


以下、調査報告です。
が、まず、大間々町についても簡単に触れておきましょう。
群馬県の東に位置する大間々町。人口およそ2万2千人のこの町はかつて、足尾銅山から採掘された銅を運ぶ「銅山(あかがね)街道」の宿場町として栄えてきたという歴史を持っている。
そんな大間々町に「ながめ余興場」が建てられたのは昭和12年。
そもそも、この余興場を含む「ながめ公園」は、大正末期に開園した民間会社の運営する「ながめ遊園地」があった所で、余興場が建てられる以前から、遊園地に訪れた人たちに、掛小屋を建てて芝居を見せていた。
その掛小屋を本格的な芝居小屋に建て替えたのが「ながめ余興場」。

正面玄関には、歌舞伎座を模したものといわれる唐破風(からはふ)があって、「本格」を感じさせる。
唐破風とは日本建築で屋根の妻部分についている合掌形の装飾板(なだらかに拡がる屋根)のことで、神社仏閣の屋根によく見られる。歌舞伎座を思い浮かべてもらうのが当然ながら早い。
建物は木造二階建てで、舞台の幅はおよそ18m、奥行き9m。中央には江戸時代の伝統を引く直径およそ6.3mの廻り舞台があって(床下は奈落)、客席下手には当然ながら花道も備えている。
収容人員は650人。1階は木製の長いすによる客席にくわえ、左右にはゴザを敷いた桟敷席が。
また2階にも前列に桟敷席、後列にイス席があり、どの席からも舞台は見やすくできている。
楽屋ものぞいてきたが、4畳半の楽屋が4つ、12畳の大部屋楽屋が1つ、他に座長楽屋もある。
今はもうなくなってしまったが、当時は旅館も小屋とつながる形で存在し、長期の公演を行う役者たちの宿泊所となっていた。

芝居や歌謡ショーでながめの舞台に立った俳優・歌手は、これがまた豪華な顔ぶれで、その一部を挙げると、子役時代に出ていた梅沢富美男、兄・梅沢竹生、父・梅沢清、母・竹沢龍千代の梅沢一家をはじめ、春日八郎、村田英雄、島倉千代子、雪村いづみ、フランク永井、東海林太郎・・・
それから先日亡くなられた、瀬川瑛子の父・瀬川伸さんもながめの舞台を踏んだおひとり。
最盛期は昭和20〜30年代で、その頃のながめ遊園地や、すぐ目の前を流れる渡良瀬川の渓谷・高津戸峡などを含める辺り一帯は、町の住民はもとより、足尾銅山で働く人々にとって、今でいうテーマパークのような存在だったようで、歩いて15分くらいの距離の赤城駅まで人の列ができたこともあるんだとか。
◇◇これで思い出したのが、川崎球場ラストゲームとなった横浜―ロッテのオープン戦。
あの時もやはり徒歩15分ほどの川崎駅まで列が伸びていたそうで、いや、その行列のことを聞かされた時はすでにスタンドに入っていたので、実際に行列は見てないんですけどね。行列の長さというよりは人の流れが続いたってことなんだろうけど、感覚としては川崎のソレに近いのかな(だから行列は見てないんですけどね)◇◇

川崎球場はさておき、昭和40年代に入ると、娯楽の多様化やテレビの普及などによって、徐々に入園者も減少。
余興場は映画館としての使われ方もするのの、ついに62年に遊園地の閉園とともに閉鎖されることになる。

復活を果たすのは3年後。取り壊しが決まり、最新の文化ホールなどへの建て替えが計画される中、住民による保存運動が起きて、平成2年に町が買い取ることになる。
当時、ながめ余興場の保存支援に立ち上がったのはボランティア団体の「ながめ黒子の会」で、その働きかけによって、余興場復興に力を貸したのが、かつて両親が長期間にわたる公演を行い、自らも子役として舞台に立った経験のある梅沢富美男である。

大間々町は平成7年に町の重要文化財に指定すると、平成8〜9年にかけて4億円規模の改修工事を施した。
改修により、回り舞台が電動・手動両対応として復活。同時に、かつては大人がかがみながらひとりで舞台を回していた奈落の高さやスペースも広くなり、手動時は4人で回すことが可能になったうえ、昔の貴重なポスターなどが展示されるミニ資料室としての役割も兼ね備える一室となった。
さらに照明や音響の機能も向上。冷暖房・床暖房の導入や、入り口から1階座席までの段差をなくしたバリアフリー化が図られた。パッと見は昔ながらのままで、いや、それはあえて、そのまま残せるものは昔のままの状態を残している――ということでもあるが、その上で、より使いやすいよう「強化」されたわけである。
◇◇これで思い出したのが「姿かたちは変わらぬが・・・」の歌い出しで始まるキャシャーンのエンディングテーマだ(注・主人公キャシャーンは東鉄也が改造され不死身のボディとなったアンドロイドなのだ)◇◇

キャシャーンはさておき、文化財として保存するという方法もあったながめ余興場だが、大間々の住民は公演やイベントを開催して「使う」ことで保存するという方法を選んだ。
その後は町や「ながめ黒子の会」による催しで芝居をはじめ、ミュージカル、講談、寄席、ジャズコンサート、講演会などが行われたり、町の成人式、はたまた住民のカラオケ大会やフラダンスの会場として使われている。
楽しいことなら何をやってもいい――大間々の住民はそんな考えを持っている。だってそこは「余興場」だから。

復活した後も、様々な芸能人がながめの舞台に上がっている。
萩本欽一のトークショー、永六輔とマルセ太郎の一人芝居、八名信夫と悪役商会の芝居、ジャッキー吉川とブルーコメッツのライブ、三遊亭好楽・小遊三・ケーシー高峰の寄席では定員を上回る680人の観客が詰めかけたとか。他にもウルトラマンコスモスの怪獣ショーも行われている。
宇宙人と怪獣までながめの舞台を踏んでいるわけだ。そりゃぁ鉄人・衣笠祥雄が講演会をしたって驚きゃしない。
客席入り口に飾られている衣笠の色紙に書かれた言葉は「忍耐」だ。

もちろん梅沢富美男の公演だって行われているし、梅沢主演のフジテレビのドラマ『花村杏介シリーズ娘道成寺伝説殺人事件』(’02年)ではながめ余興場が物語の舞台にもなっている。つまり殺人事件が起きた舞台の舞台になっているんである。

取り壊しの危機をまぬがれ、改修の手も加えられた余興場だが、多くの人で連日のように賑わうというのはなかなか難しい。
使用頻度は決して高くないからだ。

ガイドをしてくれた粕川さんは、自身も幼少の頃、ながめ遊園地でコンクリート製の像の上に乗って遊び、余興場で芝居を見て育ったそうで、町の職員となった今は、余興場が職場となり、多くの人に使ってもらうべく考えをめぐらせている。
「定期的に公演があって、それ以外の時には住民の人に使ってもらうのが理想」。
見学時間の4時を過ぎてもイヤな顔ひとつせず、そう話してくれた。

4月に予定されているイベントは,11日(日)ポップス尺八奏者 昌平のコンサート,25日(日)群馬出身者による落語「大間々 花見寄席 ながめ亭」

「今度は催しがある時にお越しいただければ、またちがった魅力を感じられると思います」粕川さんの言葉は本当だと思う。


ながめ余興場は町内に住む人でなくても使うことができます。
利用時間は午前(9〜12時)・午後(13〜17時)・
夜間(18〜22時)にくわえて全日(9〜22時)の4区分。
使用料は町内の人を含む場合
 5,250〜10,500円(全日21,000円)
町外の場合 
 10,500〜21,000円(全日42,000円)
空調設備使用料は 1,000〜3,000円。
入場料の徴収がある場合は増額されます。

つまり、町外の人が一日借りても空調費込みで45,000円(入場料ない場合)。


「ながめ余興場」は歴史と伝統の風格が漂う一方、
大衆的な身近さや風情を感じさせてくれる。
いや、それが芝居小屋の本道といえば当たり前か。

最新のホールには設備面ではかなわなくとも、おさえるところはおさえている。
なんせカラオケは通信カラオケだし、セコムしてますから。

何か楽しいことに使ってみてはいかがでしょう。

これにて調査終了。


余談
帰りの大間々駅で途方にくれる忍者一人・・・(相棒はいない)
次の電車は50分後だ。
その昔の行列を想像しながら赤城駅まで歩くことにした。
それから、太田で途中下車して知り合いのラーメン屋に行こう。
もちろん自腹ですよ。(忍者・いそべまさひろ)



TOPページへ